硬貨

その少年一家は父、祖父の死で、京都から母の実家がある浜松に戻ってきました。京都では、祖父が華道会の重鎮であった関係で、女中を使うような大きな家に住み、伯爵や子爵などとの交友もあり、名門一家でした。しかし、浜松へ戻って来たときは売り払った家の金も詐欺に会い、一文なしに近い母子家庭になっていました。母親の実家の崩れかかったような倉庫に居候をしている状態でした。

ある風の強い、寒い夕方、少年は実家のいとこと一緒に居ましたが、たまたま、強いかぜにあおられ、少年はそのいとこにぶつかってしまいました。いとこは、それに腹を立て、持っていた硬貨をわざと「どぶ」に落とし、「おまえのおかげだ。拾え。」と言いました。意地の悪いいとこで、そのうえ年上。少年は、言われるまま、冷たいどぶの中に裸足で入り、汚いどぶの中を素手で探りました。でも、小さな硬貨はなかなか見つかりませんでした。

その時、少年の母親が、仕事の帰りにそこを通りかかりました。少年が冷たいどぶの中にいるのを見て、驚いて、「何しているの？」と、聞きました。「お金、拾っているの。」、少年が答えました。いとこは少年の 母親が来たのを見て、「奴が、おれの金、落としたんだ。拾うのあたりまえだ。」と、どなりました。そう言われると、母親は世話になっている実家のてまえ、少年と一緒になってどぶに入り、探し出してくれました。それがせいぜい飴玉一つ買えるかどうかのお金であるのを見て、 母親は「こんなお金を拾わせたの。こんな冷たいどぶの中にいたら死んじゃうじゃないの」と、おこりました。それを聞いて、いとこは、大きな声で「死ねー、死ねー」と、言ってすぐ逃げて行ってしまいました。

その晩、少年からいきさつを聞き、日頃の様子を知って、母親は声をだして泣き出しました。母親が泣くのを聞いてびっくりして、少年も妹二人も泣き出しました。それまで少年は、いとこのやり方 には慣れていましたから、たいして苦にもしていませんでしたが、この時は、何故か泣いてしまいました。

それからしばらくして、少年一家は、実家から離れた別の所に住むようになりました。